MOIAUSSIBE/モーアシビー(もーあしびー)

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第17回フリースクールレポート! 信藤三雄×祐真朋樹

8月25日に開催された第16回モーアシビーフリースクール

主宰の信藤三雄さんがホスト役を務め、ゲストに、スタイリストの祐真朋樹さんをお迎えしました。

ご来場頂いた皆さま、ありがとうございました!

 

第1部トークショー「有名スタイリストになる99の方法」

第1部トークショーは、沖縄県立図書館で開催。

まずは、信藤さんと祐真さんの出会いから。2人が初めて会ったのは、坂本龍一さんが出演する『NEW BALANCE』のCM現場。

バスローブのようなコートを着て、寝起きでぷらっとセントラルパークを散歩。
そんなイメージで必死に探したコートを坂本さんから「入院中の服?」と言われたエピソードなど、今だから笑える当時の話で盛り上がりました。

「スタイリストってアーティストと直接やりあうから大変だよね。そもそもどうして坂本さんのスタイリングを担当することになったの?」(信藤さん)

「あるとき一緒に仕事していたヘアメークの友人から『やってみる?』と言われたのがきっかけです。やってみたいけど怖い。正直そんな気持ちでしたね。初の顔合わせは、坂本さんの好みを知るために、とにかくたくさん洋服を用意して。スタジオで一人、ものすごい緊張しながら坂本さんが来るのを待ってました。ご本人が登場して、いろいろ洋服を見ている横で、僕は汗をかきながら必死に説明して。全部見たら『じゃ、よろしく』のひとことで終了(笑)」(祐真さん)

当時坂本さんから言われていたのは、「首に巻いたりするのは嫌なんだよね」。

でもしばらくすると、「何か巻くものない?」という要望が。

「時間が経ったら巻くのが好きになったみたい(笑)それがファッションのおもしろいところ。好みはコロコロ変わっていいんです」と祐真さん。

「今日の黒いシャツ、クールにきまってますね。かっこいい」と信藤さんが褒められたのは、20年前に買ったという『PRADA』のもの。

「いつもは服のことを考えるの嫌いなんだけど、今日は祐真さんとだから頑張って考えてみました。だから本当に久しぶりなの、このシャツを着るのは」(信藤さん)

「まじですか! 自分と会うために考えてくれるって、そういうのすごく嬉しいです」(祐真さん)

「装飾が多いものは苦手」という信藤さんが好きなのは、ステンカラーのコート。

音楽的に影響を受けたポール・ウェラーがよく着ていたことから、そのスタイルに憧れ、たくさん持っていたそう。

祐真さんもポール・ウェラーのステンカラーコートに憧れたひとり。

クラブでバイトしていた18歳のとき、レコード・ジャケットでその姿を見て、古着屋に買いに行ったという思い出話、さらにはロンドンで実際にポール・ウェラーに会ったエピソードも飛び出しました。

「『俺はファッションには興味がないんだ』ってずっと言ってましたね。でも帰国後、コーディネーターから連絡があって、『ポールが日本限定のリーバイスが欲しいと言っている』と。本当はどれだけファッション好きなんだっていう(笑) 完売と聞いていたけど、『ポール・ウェラーが探している』と言ったらなんとか見つかって。お礼に本人からサイン入りCDが送られてきました」(祐真さん)

ここで、祐真さんの作品をプロジェクターに映しながら紹介。

豊島の横尾忠則記念館で撮影する『Casa BRUTUS』の企画や、安藤忠雄さんが設計した建物で、洋服と建物の融合をテーマにした作品、ル・コルビジェの愛弟子、前川國男さんが手掛けた建物で『PRADA』のアイテムを使ったノスタルジックなスタイリングなど、美しい作品が続々と。

編集長を務めるウェブマガジン『OPENERS』の企画、おもしろいものを7個選ぶ『ザ☆ベスト7』のことや、香取慎吾さんと一緒に手掛けているブランド『ヤンチェ_オンテンバール(JANTJE_ONTEMBAAR)』のお話も。

 

「好きなことは、服を着ることくらい」と言い切る祐真さん。

スタイリストを目指して学校に行ったわけでもなく、師匠もいない。私服の共学だった高校時代に感じた「服っておもしろい」という感覚。その延長で今がある、とこれまでの道のりを振り返りました。

高校卒業後は、地元の京都でサラリーマンを3年。ふつうのスーツが嫌で、当時ブームだったデザイナーズブランドを着ていたとか。そんなとき、ふとしたご縁で『POPEYE』編集部から声がかかり、21歳で上京。編集部のアシスタントを経て、やがてスタイリストの道へと進みます。

「本当に服が好きなんですよ。ただそれだけ。だって、こんな蛍光オレンジのパンツ履いていたってモテないし(笑) よくナルシストだよねって言われますけど、きどる、かっこつけるって嫌いじゃない。かっこ悪いより、かっこいいほうが好きです」(祐真さん)

「そう考えると本来、人間はナルシストでいいのかもね」(信藤さん)

「人を喜ばせたいという思いもあって。だから、その日会う人を考えて服を選ぶんです。服で笑ってくれないかなぁっていう狙いもあったり。なんてったって、昔お笑いのオーディションを受けにいったこともあるくらいなんで(笑)」(祐真さん)

「すごい、そうすると服はひとつのネタなんだね!」(信藤さん)

「だから、今日ひとつネタを仕込んでいるのを信藤さんが全然突っ込んでくれなくて、今悲しいんですよ」と、祐真さん自らネタばらし。

首に巻いていたヘッドフォンのようなものを外して、スイッチを入れると、なんとまさかのミニ扇風機!

おおお! 観客もびっくり。

「ごめんね、おしゃれに溶け込んでいて気づかなった」と信藤さんと一緒に笑いました。

最後は、沖縄の靴屋さんの話。

今回、祐真さんが沖縄入りしてなによりも先にしたかったこと。それは、傷がついていた靴を磨くこと。さすがスタイリスト、沖縄でも最初にすることが違います。

さっそくリサーチしたところ、「これは本気の靴磨き屋だ!」とテンションがあがる靴屋さんを発見。

那覇の松尾にある1929年創業の『大田製靴店』です。ホームページの写真を見ると、センスのいいバイクが置いてあったり、アメリカン・カルチャーの影響を感じたり。

ウキウキしながら期待を胸に訪れてみると、「今日は靴磨きの息子がいない。息子じゃないと光らせないよ」とご主人がひとこと。

ガーン。

どうしても難しいと聞き、仕方なく再リサ―チ。

 

次に訪ねたのは、オーダーメイドのレディースシューズを作るお店でした。

今度は「光らないけど、いいですか?」。それでも磨いてくれたらいい、とお願いすることに。

「そのお店ではオリジナルの洋服も作ってるみたいで。お客さんが生地をあてながら『こっちがいいかしら? それともこっち?』と悩んでいる横で、ひとり磨き終わるのを待ってました。思わず『そっちの色のほうが似合いますよ』とか言いたくなるのを我慢しながら(笑)」(祐真さん)

ていねいに磨きあげてくれた仕上がりに大満足。

でも、最初に訪ねた『大田製靴店』の息子に会ってみたかったなぁ、とぽつり。

「想像するにきっとおしゃれな人だと思うんです。どういう服を着ているのか見てみたかったし、どうして靴屋をやっているのか聞いてみたかった」。

すると、お客さんから沖縄の靴文化の情報が。

沖縄の靴職人。そのほとんどは、かつて東京・銀座で製靴の修行を重ねた人なのだそう。上京し技術を習得し、沖縄に戻り、靴産業を発展させた。そんな歴史があるという。

熱心に聞いていた祐真さんは、「お店のご主人、オーラがあってすごく素敵だったんです。今回、僕はあのお店に呼ばれて行った気がする」と感激。

「いつか、そのあたりの人たちを取材して沖縄独特のものを探ってみたい」。

そんなふうに次回の来沖が楽しみとなるトークショーとなりました。

第2部 親睦会

トークショー後は、場所をTERMINAL OkinawaCreativeSpaceに移して第2部の開催。

祐真朋樹さん、信藤三雄さん、みんなでファッショのこと、アートのことをお話しましょう!という親睦会です。

集まった人たちそれぞれの自己紹介は、まず主宰の信藤さんから。

「信藤三雄、江戸っ子。おじいちゃんが植木屋と大工の職人。親父が絵描きなので、その血を受け継いでいると思います」

祐真さんは「自称スタイリストです」と沸かせ、「なにひとつスタイリストになる方法も話さず(笑)好き勝手に話させて頂いて本当に楽しかったです。沖縄、来てよかった!」と盛り上げてくれました。

数人ずつテーブルに座って、祐真さん、信藤さんに直接いろいろ質問したり、相談してみたり、自分の作品を見てもらったり。

飲みながら食べながら、次はあの人、この人と、席を入れ替わり、楽しいゆんたく。

お互いの仕事の真剣な話から、なにげない世間話まで。まさに現代版の毛遊び(もーあしびー)みたいで楽しいね!と笑い合う親睦会となりました。

PHOTO/HIROTA AOTSUKA

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